言葉に救われるということ。

 去年の12月18日が、私のマモグラムの再検査の日。なんだか、12月に入り、去年の今頃を思い出すと、妙な感覚に襲われる。去年の今頃は、まだ、不安はあれども、”まさか”の気持ちの方が強かった。毎年受けていた健康診断でも、優良を貰っており、マラソンのタイムは年々更新しており、そんな自分ががんを抱えて生活していたなんて、想像だにできなかった。
だから、大晦日に”がん宣告”を受けた時、どう受け止めてよいか分からなかった。
ただ、2015年の幕開けと共に、早急にやらないといけない検査、そして、決断が山のようにあり、私と相方は激流に飲み込まれる様な日々を送ることになった。
そして、1月末の検査結果で、私のがんは抗がん剤をしないといけないものだと知った。
ものすごい拒否感に襲われた。どうせいつか死ぬのに、その上、苦しむなんて嫌だと思った。そんな気持ちがふつふつと湧いてくるのを止められずにいた。しかし、流されるがままに、抗がん剤治療前に必要な、心臓検査を受けに行った。抗がん剤治療は心臓に負担がかかるので、それに耐えられるかどうかを事前にチェックするのだ。
私の検査担当は、相当太った白人のおじさんだった。礼儀正しく、自分の名前を名乗り、手順を説明する。説明を聞きながら、”こんなに太っているなら、本人が心臓検査必要なんじゃないか?」と思ったりした。そんな愚にもつかないことを思うことで、どうやら私は少しリラックスしたらしい。検査を受けている間、おしゃべりを始めた。
「これって、抗がん剤に耐えられるかどうかのチェックなんでしょう? 私、すごく抗がん剤を受けるの嫌なんだ。髪の毛が抜けることもすごく嫌。」と、気持ちを吐露した。すると、そのおじさんの口から思いがけない言葉が返ってきた。
「ああ、分かるよ。僕も抗がん剤治療を受けたからね。僕はね、苦しい時は、”今、抗がん剤が僕の為にがんと闘ってくれているんだ。”と思うようにしたんだ。苦しいのは、抗がん剤が効いている証拠だって、思うようにしたのさ。」
びっくりした。こんなピンク色でつやつやした顔色の太ったおじさんが、がんサバイバーだったなんて。そして、それ以上に、彼の考え方が、すごくいいように思えたのだ。
「そっか、抗がん剤が私のために闘ってくれているんだって、思えばいいんだ。」
「そう、苦しい時は、効いている、効いてるって思うんだよ。」
おじさんは何気なく自分の体験談を言っただけかもしれない。だけど、私はきつい抗がん剤中、その言葉を何度も思い出し、助けられた。相方と、「苦しいね。効いているんだね。」と励ましあった。そして、乗り越えられた。
そして、今年の今日、12月18日、3回目の心臓検査に出かけた。副作用のきつい抗がん剤治療は6回で終了だが、まだ1種類の抗がん剤治療を受けており、数ヶ月に1回心臓検査が必要なのだ。
待合室で待っていると、名前が呼ばれた。担当者は、なんとあのおじさんだった。
おじさんは、私のことは覚えておらず、最初の時と同じように、礼儀正しく、自分の名前を名乗り、手順を説明する。
私は、その説明を聞いた後、「私、あなたと会った事あると思う。2月の抗がん剤治療の前に。」と伝えた。続けて、その時のエピソードを話し始めた。おじさんにとっては、たまに何かのきっかけで話す、自分の体験談に過ぎず、覚えていないのも当然で、よもや自分の言葉が人に影響を与えたなんて信じられないようであった。
だが、私は、話ながら、ある事に気づいた。”あ、私、今日、彼に直接、お礼を言えるんだ。”と。
何という僥倖。検査を受けながら、これは神様からのホリデーギフトに違いないと感じた。
「ありがとう。私、貴方の言葉に救われたんだよ。貴方の言葉があったから、抗がん剤乗り越えられたんだよ。私って、本当にラッキーだな。だって、貴方に再会できて、直接、お礼が言えるんだもん。」
私の言葉に、彼は驚き、そして、言った。
「You made my day. Can you believe? Now I work only once a week. (君のお陰で今日という日が素晴らしいものになったよ。信じられるかい?僕は、最近、週1日しか働いてないんだよ。」
「え?そうなの?私ね、がんになってから、たくさんのミラクルを感じるの。今日、貴方に再会出来たのも、ミラクルの一つだね。」
「Yes, it means you are on the right path.(その通り。つまり、君は正しい道を歩んでいるってことだよ。)」
おじさんは、また、今日も素敵な言葉をプレゼントしてくれた。
きっと、本人は覚えていないだろうけど。