平日さんぽ:呼吸することは嫌いですか?

病理検査が出る度に打ちのめされた。

自分の祈り、ドクター達の予測を覆す結果ばかりが出た。その度、死が一歩近づいた気がした。

治療コースはより厳しいものに変わり、心がその重圧に軋んだ。

2月2日の手術の2週間とちょっと後から抗がん剤治療が始まった。

抗がん剤治療への抵抗は手術以上に大きかった。色んな情報から、とても苦しく、辛いものだと知っていたから。

どうせいつか死ぬのに、なぜ、こんな苦しい思いまでしないといけないのだろう?

そんな気持ちが何度も過った。

そんなある日、期間限定公式サイト:村上春樹が読者からの質問に答えるコーナーを何気に見ていた。

一つの質問に目がいった。

”生きることが辛い時には”

質問者は29歳の女性で、”仕事も恋愛もうまくいかなくって、この先、どうなってしまうのか分からない。友人からやりたいことを見つけなさいと

言われたかが、何も思い浮かばない。美味しいものを食べたり、本を読んだりして過ごしているが、今さえよければいいという感じです。

村上さんならこんな時、どう乗り越えますか?”というものだった。

村上春樹の回答は以下の言葉で綴られいた。

”僕は単純な人間なので、わりに単純なことしか言えません。身体を動かしなさい。自分の身体と対話しなさい。あなたの場合、まずそこから始めるしかありません。身体を動かすことがきらい?呼吸をすることはきらいですか?それと同じです。あなたにとって身体を動かすことは、呼吸をするのと同じぐらい必要なことです。運動が嫌いなら、部屋の片付けだって、アイロンがけだって、お風呂の掃除だって、なんだってかまいません。集中して身体を動かしなさい。そうしないといつまでたっても、そこから抜け出せないですよ。がんばって。”

その日、2月23日の午後、術後初めてアパートの地下にあるジムに行った。平日だから誰もいない。

トレッドミルに乗った。まだ走ってはいけないと言われているから、ウォーキングだ。

トレッドミルでウォーキングなんて初めてだ。スピードボタンを調整しながら歩き始める。歩き始めて、自分が泣いていることに気づく。

走れない自分が悲しくって泣いているのではない。

嬉しくって泣いているのだ。あまりにも気持ち良くって泣いているのだ。

私の身体が喜んでいる。歓喜しているのだ。私が一歩一歩前に進むことを喜んでいるのだ。

私の身体は生きたいのだ。前に進みたいのだ。生きていることそのものを愛しているのだ。

身体が私の心に、精神に語りかける。大丈夫、私は耐えられる。どんな治療にも耐えられる。だから、心配しないで前に進もう。

2マイルという距離を歩きながら、私は知る。ただ、足を前に出し続けるという単純行為を愛しているのかを。どんなに欲していたのかを。

その日から、努めて身体を動かすようにした。疲れたら休めばいい。

床を磨く、布団を整える。コーヒー豆を挽く。ジムで歩く。

走れなかったら、歩けばいい。歩けなくなったら、腕を動かそう。腕が動かなければ、指でグーチョキパーをしよう。

指が動かせなくなったら、瞬きしよう。

そして、瞬きが出来なくなったら、

その時はゆっくり眠ればいい。

あんじー