和代さんのインタビュー記事

SHARE日本語プログラムのコミティーメンバーの和代さんが”JAPION、35歳だった” のインタビューを受けました。
“Occupy Japan” と記された戦争直後に作られた物の数々を集めている彼女、ご自分が乳がんと診断された後、ご主人も癌と診断され最後を見とる事に成ったまさかの出来事、そして乳がん患者であれば誰もが心配する再発を経験、今はSHARE日本語プログラムのボランティアとして、あらゆるイベントや会議に参加しておられます。
あらゆる可能性を配慮して、トリプルナガティブと言う種類の再発した乳がんの術後の治療をしないと決断、いつも ”何時死んでもくいは無い” と言い切る彼女はお会いする度にキラキラしています。
和代 35歳だった